HaTe NoiSe.

普段の生活そのままに。自然体で綴っていくマイペースな場所です。日々作った料理をすぐ忘れるもので写真でストックしておりましてここの半分は個人的な写真置場です。極度のめんどくさがりなもので映えとかいうものはがん無視です💦ごめんなさい🙇💦‪(笑)
普段の生活そのままに。
自然体で綴っていくマイペースな場所です。

日々作った料理をすぐ忘れるもので
写真でストックしておりまして
ここの半分は個人的な写真置場です。
極度のめんどくさがりなもので
映えとかいうものはがん無視です💦
ごめんなさい🙇💦‪(笑)
改めて

改めて

さっきPCつけたらゴッホの作品に変わってた。
改めてこの作品を画面からゆっくり鑑賞してみると、不安と渇望の中に何か穏やかなものを手に入れたのかなと感じた。
美しいと思ったことを素直に表現された。
これが当時今の自分に描ける精一杯の美だと言ってるように思えた。
だけども、常に不完全さに苛まれていたであろうゴッホの葛藤は、まだここに残っている。
それでも、最大限に美を引き出そうとした。
そして、苛まれていたものを抑え込むより忘れている時間を作り出すということに成功したのではないかと思う。
筆先は自由に見えるが、とてもよく計算されている。計算したのか、自然をあるがままに捉えたのかは解らない。私は精密なというか、線やタッチの多い絵が好きだけど、妻がゴッホ好きだと言うこと、今日今更だけど初めてその気持ちが分かったような気がする。
この絵は悲しみを与えない。
この絵は極論、ひとりの天才画家が私たちに見せる夢。この絵を見て、ありがとうと泣くことが出来たから。

夢は美しいだけではない、それでも美しい。
美しいという意味はなんなのか。

執着、探究心、向上心。
これらは私の中で大抵美しくないもの。
なぜなら、これらは一般的に他人に向けられる。
張り合う・というやつだ。
昔私が踊らされた絵師さん達は、他人と争え的趣旨の話をよくしていた。
そうでなければならないのか?
これが私にとって大きな葛藤だった。
だって、自分の絵と葛藤するのではなく、他人の絵と葛藤しろと言う。
何故そんな無益なことをしなければならないのか。

でもこの絵は、ゴッホは多くの絵からそんな必要はないと教える。そして間違ったことを聞いていたのだと確信する。


ゴッホは、上記の3つが割と強い人だけど、筆を取るとそれを抑え込むことに成功していたと思っていたけど、多分押さえ込んでいたんじゃなくて、筆を持つと忘れていたのかなと思われる作品も多く見られる。
たがら今更ながらゴッホのファンになろうと思う。
この方の絵からは多くが伝わってくる。
それを受け取ることはなかなか幸せで充実している。闇を抱える彼がキャンバスに向かう時、一体何が見えていたんだろう。
あまり好きとは思わなかったひまわりの絵も、きっと実物を見ると壮観なんだろうな。
またひとつ美しいものに出会えて幸せ。

美しいという言葉の意味も、人によって違う。
私が思う美しいは、自分と戦い続けて勲章を得ている人。
それが何らかの時に垣間見えた時。
人間として、これほど美しく素晴らしいことはないと思ってる。心、魂が磨かれるということは、物質的に何を持つよりも素晴らしいことと思う。

私が今関わる方々は、こうしたことに重きを置かれている。そしてみんなとても自然体だ。